ラプシーキャンディの活動が、ある一定の成果をあげたところで、今度はキャラメルづくりを始めた。
ラプシーキャンディは、もうすでに村にあったもの。
今度は村のおばちゃんたちと一緒に、何かを0から生み出したかった。
そして、それができないと、自分がこの村にいる意味はないと思っていたから。
このキャラメルづくりは、ラプシーキャンディ以上に本当に色々あった。
中心メンバーは入れ替わるわ、会社を作ろうとするも配属先から反対されるわで、本当に紆余曲折の連続だった。
ただ最終的には、キャラメルづくりは事業になり、わずかながらも収入が生まれるようになった。
こんな風に書くと、僕のネパールでのボランティア活動は、順調だったように聞こえると思う。
でもこのキャラメルが事業になったすぐ後に、僕は精神的にどん底に落ちてしまった。
なぜかというと、めちゃくちゃ頑張って成果を出したのに、なぜか全然心が満たされなかったからだ。
ネパールに来てから、僕はずっと自分がネパールにいることに、罪悪感を感じていた。
「果たして、自分には何ができるのだろうか」
「自分がここにいる意味はあるのだろうか」
「自分がいることで誰かの生活は良くなるのだろうか」
そんな問いに対する自分の答えは、「結果を出すこと」だった。
誰もが分かるような形で、村のおばちゃんたちの生活に貢献ができれば、この罪悪感は薄まると思っていた。
でも、そんな淡い期待は、儚く散るどころか、完全に逆の展開をもたらした。
ラプシーキャンディもうまくいき、キャラメルも事業になったのに、罪悪感は薄まるどころか強まっていった。
というのも、ラプシーキャンディも、キャラメルづくりも携わっていたのは数軒の家庭。
村にある残りの数十軒の家庭には、何もすることができていないという事実が、重りのようにのしかかったきたのだ。
ネパールのカラフルで鮮やかな街並みが、急にグレーにしか見えなくなるくらい、僕はとことん落ち込んだ。
その残りの数十軒のおばちゃんたちと、顔を合わせるのが怖くて、僕はほぼ毎日通っていた村に行けず、家に引きこもってしまった。
とはいっても、いつまでも家にいるわけにはいかない。
そう思って、重い足取りで悩みながら村を歩いていると、
「おーい!お茶でも飲んでいけ~!」と大声でおうちに呼んでくれた人がいた。
それは、僕が来た当初から可愛がってくれたのに、全く活動で貢献できていない、ある家のおばちゃんだった。
「ほんとおまえは役立たずだな」と言われるのが本当に怖かったから、できれば行きたくない。
でも、断るとおばちゃんは、すごく悲しそうな顔をするので、お邪魔することにした。
ビクビクしながら家に上がると、可愛い小学生の息子たちと一緒に遊ぶことに。
遊び終わって、甘いミルクティーを飲む僕を、ニコニコした顔で見つめる、おばちゃんと息子たち。
そんな彼女たちの顔を見た時に、僕はとてつもない事実に気がついた。
この村のおばちゃんたちの僕への接し方は、僕がこの村に来た時と、何1つ変わっていなかったことに。
僕がお茶を飲み、ご飯を一緒に食べて、子どもたちと遊んで、夜泊まっていくだけで、
おばちゃんたちは、いつも嬉しそうにしていた。
思い返せば、僕が活動で貢献することよりも、僕が家に遊びに来た時の方が圧倒的に喜んでいたっけ。
そのことに気づいた瞬間、自分の中にあった壁のようなものが崩れ落ちて、今まで感じたことがない感情になった。
その時、初めて、自分はネパールにいていいんだ、この村にいていいんだと心の底から思えた。
自分は存在レベルで、誰かに喜びを与えられるということに、28年間生きてきて初めて気づかされたのだった。
「自分には、存在しているだけで価値がある」
人生で一番大事なことを、ネパールの村にいるおばちゃんたちに、僕は教わったのだ。
そして、この経験が、自分にならではの「世界に1つだけの仕事」の誕生につながるとは、この時は思いもしなかった。