ライフストーリーVol.3〜ネパールでのボランティア。挫折と成功 〜

待ち望んでいたネパールで味わった挫折

ネパールに出発する2か月前、ネパール大地震が発生。

待ち望んでいた「途上国で働く」というやりたいことができなくなりそうになり、ヒヤヒヤしたけど、なんとか予定通り出発した。

この地震によって、ボランティアとして貢献したいという想いが強くなり、より一層鼻息を荒くしてネパールに向かった。



ところが、びっくりすることに、ネパールで仕事はほぼなかった。


配属先の農業開発事務所に言われたのは、

「ある村の婦人農業協同組合と一緒に仕事をしてくれ」の一言。


具体的な指示もなく、「あとは自分で考えてね」と言われているような放置っぷり。



そこで、まずは課題の把握と信頼関係をつくるために、村のおばちゃんたちと、毎日農作業をすることから始めた。

村の人々も好意的に受け入れてくれて、順調にスタートしたが、まもなく大きな壁にぶつかった。



それは、農業経験ゼロの壁だった。

おかしな話なのだが、農業経験が全くないのに、農業開発事務所に配属になった僕。


それでも配属先の人達も、親身に接してくれたけれど、案の定、仕事では全く必要とされなかったが辛すぎた。

配属先主催の農業指導会に参加しても、会場のセッティングしかできない自分。



ある農家さんには、

「おまえは手伝いもせず、雑談しているだけか」と言われ、ものすごく凹んだ。


自分なんてネパールにいてはいけない、いる意味がないと思ってしまい、本当に辛かった。


発想の転換でおやきづくりをする

「このままでは2年間、何もしないで終わるかもしれない」

そんな危機感の中で、自分が何をするのがベストなのか、じっくり考えた。



農業をしっかり学んで、農業で貢献するべきなのか?

その選択肢も頭をよぎったけれど、農業に関しては、僕は全くのド素人。

きっと学んでいる途中で、2年間が終わってしまうだろう。



何より、農業を学ぶことに関しては、全く感情が動かなかった。

そんな自分との対話を続けていくうちに、1つの問いが頭の中に浮かんだ。



そもそも、なぜ村のおばちゃんたちは、農業をしているのだろう?



それは、自給自足的な意味もあるけれど、本質的にはお金を稼ぐため。

現に週に数回、おばちゃんたちは村から街に出て、路上に座って野菜を売っていた。



ということは、農業を教えることができなくても、お金を稼ぐ方法を教えられればいいのではないか。

そう思った僕は、農作物を使って加工品づくりをすればいいという結論に至った。



そして、実際におばちゃんたちがつくった野菜で、長野県名物のおやきをつくり、おばちゃんたちと路上で販売をしてみた。

1つ10円でたった11個だけの販売。

それでも驚いたことに、全部売れてしまった。



全身が鳥肌で奮い立つようなあの感動は今でも忘れられない。

そうして僕はおばちゃんたちができる、加工品づくりのような、スモールビジネスをサポートすることにした。


運命の商材・ラプシーキャンディ

おやきは売れたけれども、コスト面を考えた時に、全然利益が出なかった。

そこで、新しい商材を探して、いろんな展示会や朝市を出歩いた結果、運命的な商材に出会った。

それが、ラプシーと呼ばれる、日本で言えば梅のような、ネパールのフルーツだった。



そのラプシーをドライフルーツにした、ラプシーキャンディがとてもおいしいのだが、それをまさにつくっているおばちゃんが村にもいたのだ。

早速「一緒に働かせてほしい!」とお願いし、まるで弟子入りしたかのように一緒に働き始めると、ラプシーキャンディの可能性を知った。

味がすこぶるおいしいのだ。



試しに他の日本人ボランティアに食べさせてみると、やはりおいしいと言う。

中には、「お金を出すからもっと買ってきて」という声もあった。



「これは外国人向けに売れるかもしれない」

そう思い、外国人向けに売れる場所はどこだろうと考えた結果、つながりのあった日本人向けのお土産屋さんが思い浮かんだ。


お土産屋さんからは、職場でバラまけるようなお菓子系のお土産がないという課題を聞いていたし、

ラプシー作りのおばちゃんからは、ラプシーキャンディが安くて儲からないという想いも聞いていた。



両者をつなぎ合わせ、品質改善をして、僕のブログでも宣伝をした結果、ラプシーキャンディは大ヒット。

結果的に2年間で、3軒のお土産屋さんにまで取り扱い店舗が広がり、今では「地球の歩き方」にも載っている。



外国人向けということで、現地向け商品よりも単価も上がった結果、ラプシーキャンディをつくる女性たちのお給料を10%上げることができた。

結果的に大成功だったのだけれど、それがきっかけでどん底に突き落とされるとは、このときは思いもしなかった。